無形文化財
臼太鼓
神のお前の二本松
神の植え木かおて松か…
五穀豊穣を祈る秋の例祭には、臼太鼓踊が鉦と太鼓の拍子に合わせて歌い、踊られる。
臼太鼓踊は宮崎県内に広く分布しており、昔はほぼ全体的に踊られていたが、特に家代、立岩、七ツ山、小原井、松の平の五地区に古くから伝承されている。
踊りは胸に太鼓を抱く形で首からつり、背に幟を負って鉢巻や袴をつけた扮装で踊る。踊りの隊形は円陣、縦列、渦巻きの形を基本としてさまざま変化を見せ、出陣と退陣の二様の踊りだといわれている。県北に伝えられて島津の大友征伐と結びつけ、天正十二年~十四年(一五八四~六)の高森城攻めの様子を舞踏化したものだともいわれ、五ケ瀬の荒踊りにも共通したものがある。
団七踊
侍姿の男性は太刀や鍬を持ち、一人二役(与太郎と団七)を演じる。女性は一人が長刀を持ち宮城野の役。もう一人は鎖鎌を持ち信夫役。奥州白石噺の筋書きを七・七調で勇壮に踊る。現在三つの地区で春祭に踊られる。
箕舞
南川地区の夜神楽の添舞として舞われるイザナギ・イザナミ二神の舞。子孫繁栄を願うユーモラスな踊りで、キネが男性、ミノは女性をあらわし二人一組で男女の性をおもしろおかしく表現する。軽快な動作と色気のある身振りが多くの人から親しまれている伝統芸能である。
練りふみ
鉢巻にたすきの雄々しくも美しい“ねりふみ”の舞い。約二六〇年ほど昔の亨保年間、家代に疫病が大流行し、多くの死者が続出した。そこで人々は家代神社の祭神スサノオノミコトに疫病退散の祈願をこめ、旧歴六月十五日に神楽とともに“ねりふみ”を奉納したのが始まりである。今では男子青年だけでなく、女子青年、中学生も伝承保存に努めている。
・七月中旬 家代神社御神幸祭
どんさい
二人一組になり太刀で打ち合う場面があり、以前は太刀と傘で打ち合ったという。現在、釜の前の「護法様」の祭に踊られる。国は筑前遠賀の町よ…で始まる「おしお亀松口説」の歌詞である。
チョイカマカ
藩政の頃、役人たちも祭りの時は息を抜いて楽しむようにと、粋なはからいで始また。笛太鼓、代用に酒桶や皿鉢を箸でたたいて賑やかに踊る。唄の口説きがおもしろい。
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